20代、徹夜上等な業界でがむしゃらに働いていて、アラサーに差し掛かった頃にふと糸が切れた。「このままこの速度で生き続けるの、ムリじゃない?」と思った。で、その足で退職して、ふらりハワイに飛んだ。2006年のことだ。

棚ぼたペントハウスで幕開け

初めてのハワイでの初めての宿泊先は、とあるコンドミニアムのペントハウスだった。

ハワイのコンドミニアムのペントハウスからの眺望
ペントハウスからの眺望

ラナイからはザ・ワイキキの眺望。カーテンを開けるなり、心の重力がひゅんっとゼロになったのを、よく覚えている。

どのペントハウスも同じなのかは知らないけど、そのペントハウスはエレベーターの階数ボタンが「P/H」という独立したボタンになっていた。押すと、乗り合わせた人が「ひゅう」とひやかしてくる。お金持ちだと思われるのか、名刺など渡されたりもする。なかなかの優越感だった。

ただ、実はペントハウスの宿泊代を支払っていたわけではない。そもそも予約していたStudioタイプ(せまーいワンルーム)の部屋が、ハワイ到着時点でまだ空いておらず、Wブッキングのお詫びとして急きょ用意してくれたのが別物件のペントハウスだったのだ。なので実際には、Studioの部屋代でペントハウスに滞在できた。思えば、相当ラッキーだったかもしれない。

ところで、なぜ予約していた部屋が空いていなかったかというと、オーナーいわく「前の借り主がなんだかんだ理由をつけて居座っている」かららしかった。居座りってなんぞ。しかしそれを聞いて、「おお、これが南国ってやつか」と妙に納得して感激したりなどしたのも、若き日のよい思い出である。

ちなみにこの時3ヶ月間ハワイに滞在したのだけど、ペントハウスで過ごしたのは最初の10日間だけ。その後ようやく前の借り主が部屋を出ていって、帰国まではそっちで過ごした。ワイキキの端っこのコンドミニアム。窓からは濁ったアラワイ運河が見えた。ちなみに2019年に運河をきれいにする活動が始まったそうなので、今はそこまで濁っていないかもしれない。

ハワイのコンドミニアムから見下ろすアラワイ運河
運河にかかったレインボー

歩くだけで楽しいワイキキ

ロイヤルハワイアンなどといったワイキキのホテル群
ワイキキのホテル群

以来すっかりハワイの虜になって、何度も数カ月単位のロングステイをやった。でも、私の宿泊史上いちばんラグジュアリーだったのは、いまだ最初の棚ぼたペントハウスだ。

モアナサーフライダーとかロイヤルハワイアンとかハレクラニとかのビーチフロントの高級ホテルなんか、もちろん泊まったことはない。パックツアーを眺めるとAグレードからCグレードまでいろんなホテルがラインナップされているけれど、私の場合は、ともすればDグレードにもカテゴライズされていないような小さな宿かシェアハウスが滞在の常だ。

いやたしかにお金に余裕があるなら、高級ホテルに滞在した方が旅のクオリティはうんと高まるだろう。だからといって、Cグレード、Dグレード、シェアハウスがハワイの魅力に影を落とすかと言えば、決してそんなことはないだろうとも思う。

事実、どこに泊まってもハワイは最高だった。なんせワイキキは、一歩宿を出れば等しくパラダイスだ。どこに滞在していようが、徒歩でビーチに行ける。ホテルと連結する形でショップやカフェやレストランがあるから、宿泊していなくたってロビーのソファーでほっこりするぐらいいつだってできる。

ダイアモンドヘッドのふもとの一軒家でシェアハウスをした時には、毎朝カピオラニビーチパークをとことこ歩いて理由もなく海に向かった。住人になった気分がして、ほくほくした。

この「住人っぽさ」というのには、妙にうまみがある。「住んでますよ」という顔で歩いていると、観光客の人に道を尋ねられなどして、ちょっとうれしい(なお自分も観光客)。ちなみに、なんでうれしいのかは我ながらよく分からない。

夕暮れのカピオラニビーチパークから見たダイアモンドヘッド
夕暮れのダイアモンドヘッド

とまあ、ここまではあくまで一人旅の感想で、一方で友人や家族と旅行するときなどにはホテルや広めのコンドミニアムが最適解なのかもしれないのだけど、いずれにしろ宿のグレードが高くなくてもハワイの魅力は決して変わらないはずだと思っている。

いまや原油高騰と円安で、私にとって手の届かない南国リゾートになってしまったハワイだけど、またいつか数ヶ月滞在して、やがてビーチにも飽きて、カパフル通りをぷらっと食べ歩きするような計画性のない日々を、ぜひ過ごしたい。円高転換の兆しが見えない今、それはもはや悲願になりつつある。

ワイキキにあるマラサダの店レナーズの外観
マラサダがおいしいレナーズ

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